ジョブマーケットペーパー2022-23

「茹でガエル」的リスク選好(ハーバード JMP No. 3)

ハーバード大学院生ジョブマーケット候補3:Giorgio Saponaro

ハーバード大学の行動経済学専攻ジョブマーケット候補3人目は、ハーバード大学のGiorgio Saponaro。研究分野は行動経済学、ファイナンス、実験経済学です。

前に紹介した2人の院生が共著をJMPにしていたのに対して、今回のジョブマーケット候補のJMPは単著です。他の二人と比べるとJMPの完成度は低いですが、研究にオリジナリティーがあり、私はとても面白い論文だと思いました。留学生の院生の単著なので、論文の中で使われている例は分かりづらいし、全体的に読みにくいという課題はありますが、磨けばトップジャーナルに載るポテンシャルが高い論文だと思います。

JMP

Giorgio Saponaro. (2022). “Risk taking under assimilation and contrast: Theory, experiments, and applications.”

ジョブマーケットペーパーの概要

ここでは、簡単に論文の内容をまとめています。元論文には、追加の実験や、ニュースに反応する投資家の行動への応用などの考察がありますので、論文に興味を持った方は元論文を読まれることをお勧めします。

茹でガエル理論とは?

茹でガエル理論は、「カエルはいきなり熱湯に入れると驚いて逃げ出すが、常温の水に入れて水温を上げていくと逃げ出すタイミングを失い最後には死んでしまう」という話に由来しています。

行動経済学では、「人間は急激な変化には敏感に反応するが、変化が緩慢な時には環境に慣れてしまっているので反応するタイミングを逃してしまう」という認知バイアスとして、以下の論文に取り上げられました。しかしながら、リスク選好の理論モデルを作り、茹でガエル理論を実験で検証したのは、この論文が初めてです。

Cerigioni, Francesco. (2021). “Dual decision processes: retrieving preferences when some choices are automatic.” Journal of Political Economy 129.6: 1667-1704.

Offerman, Theo, and Ailko van der Veen. (2015). “How to subsidize contributions to public goods: Does the frog jump out of the boiling water?.” European Economic Review 74: 96-108.

理論モデルと仮説

この論文は、人間は過去に体験したリスクを記憶していて、新たなリスクに直面した時、それが過去に体験したリスクと似ているならばあまり注意を払いませんが、それが過去に体験したリスクと全く違うならば過剰に反応すると想定します。そして、最近の体験の記憶の方が昔の体験よりも、より強く記憶していると仮定します。

理論モデルは、人間は、過去に体験したリスクの類似性と、新近性(より最近に体験したリスクにより高いウェイトを置く)に規定された参照点 (reference point) をもって、新たに直面したリスクに対してどう意思決定するかを考えると規定し、モデルから以下の仮説を導きます。

仮説1:少しずつ良くなるギャンブルよりも急に良くなるギャンブルの方が選ばれる(茹でガエル理論)。
仮説2:急に悪くなるギャンブルよりも、急に良くなるギャンブルの方が選ばれる。(これは、意思決定の時に、過去のギャンブルが参照点になることに起因します)
仮説3:少しずつ悪くなるギャンブルの方が、少しずつ良くなるギャンブルよりも選ばれる(少しずつ良くなっている変化に注意を払わず・少しずつ悪くなっている変化に注意を払わず、意思決定を変えないから)。

    実験デザイン

    以上の仮説を検証するためにオンラインのラボ実験が行われ、2010人が以下のどれかの実験に参加しました。ギャンブルAはよりリスキーなギャンブルで、ギャンブルBはより安全なキャンブルです。ピンクでハイライトした質問(9%の確率で80ドル)は、4つの実験で共通の質問です。

    実験1: 各々の質問でどちらかのギャンブルを選んでください(少しずつ悪くなるギャンブル)

    質問ギャンブルAギャンブルB
    1-19%の確率で80ドル
    91%の確率で0ドル

    (期待値=7.2ドル)
    60%の確率で9ドル
    40%の確率で0ドル
    (期待値=5.4ドル)
    1-27%の確率で80ドル
    93%の確率で0ドル
    (期待値=5.6ドル)
    60%の確率で9ドル
    40%の確率で0ドル
    (期待値=5.4ドル)
    1-36%の確率で80ドル
    94%の確率で0ドル
    (期待値=4.8ドル)
    60%の確率で9ドル
    40%の確率で0ドル
    (期待値=5.4ドル)
    1-45%の確率で80ドル
    95%の確率で0ドル
    (期待値=4ドル)
    60%の確率で9ドル
    40%の確率で0ドル
    (期待値=5.4ドル)
    1-52%の確率で80ドル
    98%の確率で0ドル
    (期待値=1.6ドル)
    60%の確率で9ドル
    40%の確率で0ドル
    (期待値=5.4ドル)

    実験2: 各々の質問でどちらかのギャンブルを選んでください(少しずつ良くなるギャンブル)

    質問ギャンブルAギャンブルB
    2-12%の確率で80ドル
    98%の確率で0ドル
    (期待値=1.6ドル)
    60%の確率で9ドル
    40%の確率で0ドル
    (期待値=5.4ドル)
    2-25%の確率で80ドル
    95%の確率で0ドル
    (期待値=4ドル)
    60%の確率で9ドル
    40%の確率で0ドル
    (期待値=5.4ドル)
    2-36%の確率で80ドル
    94%の確率で0ドル
    (期待値=4.8ドル)
    60%の確率で9ドル
    40%の確率で0ドル
    (期待値=5.4ドル)
    2-47%の確率で80ドル
    93%の確率で0ドル
    (期待値=5.6ドル)
    60%の確率で9ドル
    40%の確率で0ドル
    (期待値=5.4ドル)
    2-59%の確率で80ドル
    91%の確率で0ドル

    (期待値=7.2ドル)
    60%の確率で9ドル
    40%の確率で0ドル
    (期待値=5.4ドル)

    実験3: 各々の質問でどちらかのギャンブルを選んでください(急に悪くなるギャンブル)

    質問ギャンブルAギャンブルB
    3-121%の確率で80ドル
    79%の確率で0ドル
    (期待値=16.8ドル)
    60%の確率で9ドル
    40%の確率で0ドル
    (期待値=5.4ドル)
    3-223%の確率で80ドル
    77%の確率で0ドル
    (期待値=18.4ドル)
    60%の確率で9ドル
    40%の確率で0ドル
    (期待値=5.4ドル)
    3-322%の確率で80ドル
    78%の確率で0ドル
    (期待値=17.6ドル)
    60%の確率で9ドル
    40%の確率で0ドル
    (期待値=5.4ドル)
    3-49%の確率で80ドル
    91%の確率で0ドル
    (期待値=7.2ドル)
    60%の確率で9ドル
    40%の確率で0ドル
    (期待値=5.4ドル)

    実験4: 各々の質問でどちらかのギャンブルを選んでください(急に良くなるギャンブル)

    質問ギャンブルAギャンブルB
    4-12%の確率で80ドル
    98%の確率で0ドル
    (期待値=1.6ドル)
    60%の確率で9ドル
    40%の確率で0ドル
    (期待値=5.4ドル)
    4-24%の確率で80ドル
    98%の確率で0ドル
    (期待値=3.2ドル)
    60%の確率で9ドル
    40%の確率で0ドル
    (期待値=5.4ドル)
    4-33%の確率で80ドル
    98%の確率で0ドル
    (期待値=2.4ドル)
    60%の確率で9ドル
    40%の確率で0ドル
    (期待値=5.4ドル)
    4-49%の確率で80ドル
    91%の確率で0ドル
    (期待値=7.2ドル)
    60%の確率で9ドル
    40%の確率で0ドル
    (期待値=5.4ドル)

    実験結果

    仮説1:少しずつ良くなるギャンブルよりも急に良くなるギャンブルの方が選ばれる(茹でガエル理論)

    実験4-4の質問でギャンブルA(9%の確率で80ドル)が選ばれた確率は、実験2-5の質問でギャンブルA(9%の確率で80ドル)が選ばれる確率より高かった。

    仮説2:急に悪くなるギャンブルよりも、急に良くなるギャンブルの方が選ばれる。

    実験3-4の質問でギャンブルA(9%の確率で80ドル)が選ばれる確率が12%なのに対して、実験4-4の質問でギャンブルA(9%の確率で80ドル)が選ばれる確率は32%だった。

    仮説3:少しずつ悪くなるギャンブルの方が、少しずつ良くなるギャンブルよりも選ばれる。

    実験1でギャンブルAが選ばれた確率は平均して22%なのに対して、実験2でギャンブルAが選ばれた確率は平均して17%だった。

    関連論文

    このJMPのコアとなるのは、人間は過去の記憶に基づいた参照点 (reference point) を持っているというアイデアですが、これは以下の2020年のQJEの論文で発展したとても重要な行動経済学理論のフレームワークです。行動経済学の研究に興味がある方には以下の論文も読むことをお勧めします。この研究のコアとなるアイデアは、リスクだけではなく、サービスや価格変更の戦略、その他政策(例えば国民に反対されないように、いきなりではなく、毎年少しずつ税金を上げる)にも応用できます。

    Bordalo, Pedro, Nicola Gennaioli, and Andrei Shleifer. (2020). “Memory, attention, and choice.” The Quarterly journal of economics. 135-3:1399-1442.